巨大な水運網によって支えられた時代
インフラストラクチャーとは、スープラストラクチャーに対する言葉、即ち上物に対する下物の意味であり、基盤にあたります。
都市開発にインフラストラクチャーが整備されはじめたのは、たかだか江戸時代にすぎません。
農業社会の江戸時代では、すべて第一次産業によって都市開発の維持が行われたわけで、この時代のインフラストラクチャーというのは、灌概のための農業用水であり、物流運搬のための運河でありましたから、都市開発城を中心に運河がクモの巣のように張られました。
巨大な都市開発は常に巨大な水運網によって支えられた時代、農業用水の確保、水運の確保というのが第一次産業時代のインフラストラクチャーであったわけです。
徳川幕府がその基盤整備をするために大変な努力をしたわけです。
当時の関東平野の約5割は不毛の地であり、荒れ地であった、あるいは沼か湖か川かわからない土地が大半を占めていました。
それを開墾しながら、三百万石の土地を築いた背景は、巨大なインフラストラクチャーの投資によるわけです。
この時代の民衆というのは封建社会で一拠点居住、職住一体で朝から番まで、生まれてから死ぬまでその土地で働き続け、周りを開墾していく。
こういった第一次産業時代、一拠点、職住一体化と、農業用水、あるいは水運の基般皿整備が第一次産業時代の都市開発の繁栄を促した。
ところが、明治維新を経て、日本が第二次産業化を始めた段階で、これが一転した。